今日は9月18日金曜日です。
今日の一言「今を生きる」
近所(家からあるいて30歩くらい)の赤提灯に。。。 この赤提灯は、とても変わった場所です。とても狭い場所です。 駅からは遠い場所・目立たない場所です。
食べ物はあまり種類がありません。 また、年間を通じて、ほとんど変わりません。
おばちゃんが一人でやっています。 お手伝いもいません。 したがい、込んでくると、半分セルフサービスと なります。それでも、お客さんがいつもきます。
目的は、”しゃべりにくる”のです。それも 他のお客さんと、なぜか会話が弾む場所です。
先日、80才ぐらいのおじいさんが、ふらっと店に入ってきました。 声にハリがある、とても元気そうなおじいさんです。 この店では当たり前のことのように、となりにいた私たちに、何気に話しかけてきました。そのおじいさんから聞いた言葉。。。
60才になると、こんな年になったなと思った。
70才になると、いつお迎えがくるのかなと思った。
80才になると、一年づつ、「今年は生きていたな」と思うようになった。
だから、今の人生は、”おまけ”の人生。
一年生きていたな。。もう、一年あるかなぁ。ないかもしれないな。
だから、今が大事。毎日の生活も同じ。
毎朝、新たに生まれてきて、毎日、しっかりと生きる。
そして、毎晩、眠りにつくその繰り返しが大切
おじいさんは、そんなことを話してくれました。
何気ない言葉ですが、結構、ドカーンとくるものがありました。
“来年には、こうしたい” とか “40代には、50代には、こうなりたい”とかいう言葉とは無縁の世界です。この言葉を聞き、私は、実は、将来の計画を立てているようで、本当は、ただ“先送りしていただけなのではないか” そんなことを感じました。
おじいさんは、今年に入ってから般若心経の写経を 初め、また、絵はがきを300通くらい書いているそうです。まだまだ、90才でもいけそうな感じの元気な方です。“また、この場所で会おうね。”そういってくれたおじいさんからは、“今を生きる”そのことの大切さを、さらっと教えてくれたように感じでした。
おじいさんは、“人は毎朝生まれてくる”という表現をしました。 一日一日が実は人生そのものなんだ~ということのようです。明日があるからという発想ではなく毎日を一つの人生として“生きる”ということのようです。 今の私には、まだ難しい言葉です。でも、“今を生きる”ということは、なんとなくわかるような気もします。
今日も一日、明日、来週、来年という言葉に頼ること なく、毎日を、一つ一つの人生ととらえ、今を生きるということを、さりげなく、自分らしく、試みる 一日としましょう。