今日は10月5日月曜日です。
今日の一言【検証と差】
“Rightness means nothing , only difference.” (原典:L.Marvin.Johnson )
いつもの通りのいい加減な翻訳
“正しいかどうかではない。ただ「差」なのだ”
この言葉は、1950年代にさかのぼり、いわゆる“監査”という仕事の状態を確認する技法を開発した人のことばです。
たとえば、
- ダイナマイトがあります。ダイナマイトが確実に爆発するかどうかを確認するために、、試しに全部のダイナマイトを爆発させると、爆発すべきダイナマイトがなくなってしまいます。
- このような場合は、ダイナマイトが適切に製造されているかどうかで、品質を確かめるしかない。
- そんな場合は、製造工程といった仕事の状態をチェックする必要がある。
そのチェックすることを「監査」とか「審査」とかいう言葉で表現するようです。
おおきなくくりでいえば、PDCAサイクルでのチェック段階でもあり、“組織開発”的な言葉をつかえば“振り返り”とも表現がされるときです。つまり、自分自身や組織を“監査”する行為です。
つまり、“やるだけやってきているんだけど、これでいいのかな?”ということを、自分自身で、あるいは他の人の目を借りながら検証する行いです。そんな検証のときに大事な視点が、“正しいかどうかではない。ただ「差」なのだ”ということのようです。
たとえば、監査、あるいは、振り返りを行うと
○ 決められた通りにできていない
○ 目標が達成できていな
○ 言っていることとやっていることが実は違う
といったこと(事実)が見えてくるときがあります。
その矛先は、他人に向かったり、自分自身に向かったりすることがあります。そんなとき“これが正しくない、間違っている”と捉えるのではなく、ただ“あぁ。。。違っているね”とすることが重要、とのことです。事実だけにまず着目すること。“正しい・間違い”は、その事実に後付されている「意味づけ」であり、では、どうするべきかは、自分自身で決める、あるいは相手に決めさせる。それが、自律的な改善・成長につながる、ということのようです。
すると、これは、どうやら、監査とか振り返りという話だけでなく、日常のお仕事における、何気ないチェックや確認に行為においても、同じことがいえるかもしれませんね。
“正しいかどうかではない。ただ「差」なのだ”ということ。
今日も自分自身は、会社で起きている様々なことに“正しい・間違い”などといった意味づけをどのようにしているのか。そんなことをさらっと振り返ることも良いことかもしれませんね。
もう少し深掘りです。もし、監査、検証、振り返りを行うひとが、正しい・間違いの判断軸を持っていれば、どうなってしまうのでしょうか。そうです。その人は、一種の“神様”になってしまいます。別の表現をすれば、江戸時代の裁き、ということかもしれません。自分が法律をつくり、そして自由に変えることができ、そして、それに基づき社員や部下の行動に正しい・間違いの意味づけができる人になってしまうということかもしれません。
“正しい・間違い”は、組織全体で決めて共有するではなくなり、神様が決めることになるので、“社長が決めてください”という社員さんがたくさんでてくる。ということにもつながってしまうことなのかもしれませんね。そして、それは日々の職場における何気ない会話のなかでの、ささやかな、何気ない意味づけ言葉からも起きているのかもしれませんね。
今日も一日、“正しいかどうかではない。ただ「差」なのだ”という言葉をさらっと心におきながら、自分は、家庭や職場において、どんな意味づけ言葉を使っているのかを
“振り返り”、その「差」に気がつき、自分自身の改善と成長の糧を得る一日としましょう。