感覚遮断

おはようございます!今日は、1月25日月曜日です。

今日の一言【感覚遮断】

最近近所の市立図書館に行きました。目的は、ゆっくりと本をよみたい、ゆっくりと思索したいということでした。その図書館には“読書室”というのがあります。その読書室は、一見すると、教室のような場所で、しっかりと閉まるドアにより区切られています。入る時には整理券を配られ、指定の場所にすわります。“しずかに”。。。 というのが、そこのルール開館5分で、すぐに満席となりました。

見ると、7割くらいは、受験生っぽい若い方。でも、残りの3割は大人です。そして、だれもが真剣に本をよみ、宿題に取り組み、ノートをとっている、静かでひたむきな場所。。。。。。というわけでもなさそうです。(笑)息抜きのために、漫画や携帯プレイヤーを持ち込んでいる人もいます。そんな“息抜き”の道具を持ち込んでいる人は、最初から“息抜き”モードとなっており、勉強・読書モードにはなっていないようです。反対に、自分が取り組む本や課題だけを持ち込んでいる人は集中力高い時間を過ごしているようでした。

自分自身も、3時間すごしてみて、普段の仕事場よりは、考えを深めやすい良い場だなぁ。。。と、感じていましたが、昨日、このことを表現する言葉を知りました。それを“感覚遮断” というそうです。刺激を意図的に取り除くことにより、短期的には瞑想力、創造力が高まることをいうのだそうです。ひるがえってみると、普段の日常や職場は、“刺激”がいっぱい。電話、携帯、音楽、メール、ネット、おしゃべり。。。自分の頭が“刺激がほしい”と思えば、いつでもいろんな外部の刺激を簡単に取り出すことができる環境があります。

しかるに、その読書室では自分に与えられているものは、机、椅子、筆記用具、自分が持ち込んだ本や課題、そして、何もかかれていないノートだけです。自分の頭を動かさない限り、何も起きない、何も生まれない環境です。それ故に集中する、想像する、瞑想するということが可能なようです。

普段の生活や仕事において、自分はそんな場所を自分に日々与えているのかなぁ。。。と、サラッと振り返ることも良いことかもしれませんね。

【今日の目標】

外側からの刺激を遮断するためには、いろんな方法があるようです。

  □ 座禅をくむ 森を散策する

とういのもあれば、

  □ 一人だけで、カフェにいく

というのも、案外そんな感覚遮断の方法の一つのようです。また、

  □ 一日間、パソコンや携帯なしで暮らす

という“シャットダウン・ディ”という運動もあるようです。いかに普段の生活で、外からの刺激を受けることになれきっており“自ら考える時間”が少なくなっているのか、ということの表れなのかもしれませんね。

今日も一日、家庭や仕事の場において、外からの刺激に流されることなく、自ら思索し、想像し、考える時間と場を自分自身に与えるために、適度な“感覚遮断”を試みる一日としましょう。(例えば、まずお昼は携帯OFFし、本を読むとか。。。)