無駄がない

今日は、1月12日火月曜日です。

今日の一言【無駄がない】

以前ある方からの便りで今日のブログにご紹介したくと思います。

—(ここから)—

実は私も年に何回か父子家庭となります。私の子はもっと大きいですが、小さなときからずっとです。逆に母子家庭にもよくなります。これは、夫婦で海外出張があるからです。不思議なもので、父子家庭になるとそれはそれで何とかなるものです。一種の緊張状態ですので、長くは続かないと思いますが、一週間くらいなら結構楽しんでいます。

子供と別の会話ができますし、日々の用事が終われば好きなことができます。朝も責任感からか、不思議と早く起きて食事をさせ、送り出し。夕食がおわるとさっさと片付けます。

これは、マネジメント的に言えば責任が明確ということです。どちらがかがやるのではなく、私がするというということしかないってことですね。仕事においてもこの間合いってやつは結構邪魔になります。人が減ったときに何とかなったりするのは、この間合いがとれなくなるからですね。

ここをストレス無く活用できればビジネスにも活力が出るはずですが、最近は、効率があがったから人員に手をつけられるで困ります。本来は、そこを新ビジネスにしないといけないですね。

—(ここまで)—

Mさん、ありがとうございます。

父子家庭の話題から、職場における仕事と人のマネジメント、また、そこからのビジネスのあり方へ、というとても含蓄あふれるコメントです。

人がたくさんいすぎると、Mさんがいっておられる、お互いに“間合い”をとろうとして、かえって、ぎくしゃくしたり余計な仕事が増えたりする。

だから、職場は余計“間合い”をとれない程度に効率的にまわし、常に人を新たなビジネスに振り向けるようなマネジメントが大事。ということをお話されているようです。

これ、たしかにそのかもしれませんね。父子生活になると、たしかに“余計なこと”はしなくなります。その暇がないからです。

また、これは、どっちの仕事?、ということを考える必要はなく(間合いをとる必要がなく)わりと効率的に進みます。これが、普段の生活ですと、嫁は、膨大な量の家事を

“どうしてももっと手伝ってくれないの?”と心でブツブツいいながら家事を行い、

私は、嫁がものすごい勢いで家事をこなしているのを見ると“手伝おうかと、声をかけても怒られないだろうか”と、心のなかで悩むという間合いとりの状態が起きていることが、よくあるようです。

こんなささやかなすれ違いが、案外職場や家庭のストレスになっているのかもしれませんね。

わが家・わが職場において、こんな“間合い虫”が自分のまわりに侵食しはじめていないか、さらっと見直してて見ることも、良いことこかもしれませんね。

  • 【今日の目標】

“無駄がない”これは、芸術の世界でも、仕事の世界でも、一つの基準として共通しているのかもしれませんね。無駄のない素晴らしい音楽の旋律、役者の動き、職人の技という世界もあれば、介護のヘルパーさんのテキパキとした動きや、お引越し会社のすごい効率的な梱包の技、という世界もあれば、人の、研ぎ澄まされた思考、そこから生み出される整然としたものごとのとらえ方、進め方という世界もあるようですね。

そして、この無駄がない、ということは、いきなり得られるのではなく、日々、自らのまわりにある、ちょっとした“戸惑い”、“ずれ”、“他との”間合い“といった要因に細かく目線を配り、それを一つ一つ丹念・地道に取り除く作業の結果なのかもしれませんね。

今日も一日、自分のありたい姿の一つとして“無駄がない”という言葉をさらっと心におき、澄み切った青空のような自分をイメージし、丹念・地道に家事やお仕事に励む一日としましょう。

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